ナンパは技術ではなく、状態でしかない/クラブナンパのやり方


ナンパを教えることとナンパをすること
数日前、久しぶりにナンパした。ずっと声をかけることに躊躇してしまっていて、地蔵状態になっていた。怖くてかけられないというよりも、なんで声をかける必要があるのか分からないという感じ。自分は偏執狂的にナンパのことを考え過ぎていたなと思う。

それから、どうして人は他人と話さなければいけないのか、と考え続けていて、それもどんどんよく分からなくなっていっていた。ナンパという現象についての考察をし過ぎると、行動がとれなくなる。だけど、行動について焦点を合わせてみると、声が簡単にかけられる。ある意味、僕にとってはそれも頭のネジを外してしまった状態だ。人間ってこうして、一つの物事に対してどんどん冷静になっていくものなのだろうか。それとも器用にネジを外せるようになった方がいいのだろうか。ナンパを教えたり、それについて考えるほど、他人に対して、声をかけたい、話したいという気持ちを持つことが少なくなっていっているのを感じる。

ナンパを教え始めたとき、教えることには興味はあるけど、することには興味を少しずつ失いかけ始めていて、でも、教えるわけだから、自分も活発にナンパし続けていないといけないという思い込みにとらわれていたことがある。特に、ナンパの腕なんてなかなかやらない人には証明し辛い。だから、自分が出来るということを証明するためにナンパしてしまっていた。教え始めたときはそういう形で自分に実力があるかどうかを見られていた気がするけど、今はもう全くそういう感じではないということを感じている。だから杞憂なのかもしれない。

それでも常に、そういうナンパしないといけないのではないかというところに戻ってしまう。そういうとき、いつもやってみると、以前よりも技術的にも上手くなっているし、ナンパに関する理解も深まっている気がする。延々と客観的に現象を見続けた結果だからだろうと思っている。

 

ナンパは技術というよりは状態によって行うもの
やってみるとナンパは凄く簡単だった。今回気づいたのは、やっているときは完全に自分はヒステリー的なトランス状態に入っているということ。拒絶の痛みを殆ど感じない。拒絶されても、それをどう解除していくかと延々と突き進もうとする。拒絶されていることははっきりと認識はしている。これはトランス状態の性質によるものなのだろう。主観的視点と客観的視点を同時に持つことが出来る。そして、主観的視点によって拒絶されていることを繊細に感じて、客観的視点によってその拒絶の理由を分析し続ける。トランス状態でなければ、どちらかに偏ってしまう。拒絶されているのを無視して強引にいくか、拒絶を執拗に感じてしまって地蔵になってしまうか。
結局はナンパは技術ではない。自分の状態だ。今までは僕は技術だと思っていたところがあるのだと思う。「どうやって声かけようか」と考えてしまうことがあった。そうじゃない。ただ、その状態になれば簡単に声がかけられて、話もスムーズに進んでいく。自分の中のナンパできる状態を探すことがナンパが上手くなる近道だと確信した。

 

クラブナンパのやり方
久しぶりのクラブナンパだった。身体が熱くなっていって、他人と自分の壁がなくなっていく。自分でもこれは異常なことだと分かっている。そこにいる人たちの欠けているもの、寂しさが自分の中に飛び込んでくる。それを食い尽くしたいという気持ちになっていく。クラブナンパのときの感覚を思い出した。

 

コンタクトを目立たないように取り続ける/くじ引きでしかない
クラブナンパのときのコツはとにかく、目が合った人や、行けそうな人にコンタクトを取り続けること。行きたい人がいてコンタクトをとってもいいけど、人は状態によって受容か拒絶という行動の選択をする。その人が受容しそうなタイミングで行くのが一番いい。ただ、コンタクトは派手にとったらいけない。他の人が見ていて、ナンパをすごくするような人に見えたらいけない。これは街のナンパと同じ。

 

彼女たちの生態を理解する
基本的にナンパ箱に音楽好きの人などいない。彼女たちの殆どは他人との出会いを求めている。だから、テンションが高そうでいて、実際はそんなに高くない。周りに合わせるのに必死になっているだけ。だから、彼女たちの本当のテンションの方に合わせて声をかける。もし彼女たちの無理に上げているテンションの方に合わせると、引かれることが多い。暗闇の中、ヌルヌルと動く人の波の中、目立たないように、さらっとした感じ、テンションで声をかけ続ける。目を合わせて挨拶をするか、或いは肩を叩いて目を合わさせるだけでいい。

 

固定して声をかけることのリスク
どこかに場所を固定して延々と声をかけていると、その姿が周りの目には寂しいナンパ師に映ってしまう。実際、そういう人は何人もいて、あまり上手くいっていなかった。動いていることが大事。或いは止まっているときは、動いているときよりも自信を持っていなければいけないということを認識しておく必要がある。あの場所で、寂しそうな人には誰も絡みたくない。何か話す意味のあるような人物であるように思わせる必要がある。彼女たちにとって、3000円のエントランスを払って、わざわざ出会いの場に来ているわけだから、そういう意味では街でのナンパよりもシビアな部分もある。実際、エントランスで3000円を高いと言って帰っている女の子もいた。

 

敵を知る/虚勢を張っている男性たち
男性たちを見ていて、殆どの人が虚勢を張っているのに気づいた。余裕のある様子を見せようとしているけど、酔っているにも関わらず、表情と身体に緊張が表れている。試しに女の子を彼らが目を離した隙にとってみて、彼らの方を見ても怒っている様子はない。困っていた。基本的にあの中にいる大勢の男性たちは自信がなかったり、ナンパが上手いわけではないということを認識しておけば、クラブナンパ初心者の人も余裕を持ってナンパ出来ると思う。大事なのは、虚勢を張ったり、無理にチャラチャラした声かけをすることよりも、周りを観察すること。女の子の寂しさ、本当は楽しんでいないこと、男性の自信のなさ、虚勢を張っていること。それを見抜ければ、クラブナンパで成果を挙げることが出来ると思う。

 

麻薬のようなクラブナンパ
最近、友人のナンパ師がクラブナンパをしていて、その話を聞いていたのでどうしても自分もしたくなったけど、やっぱりあまり好きじゃないなという結論が出た。ただ、あのヒステリックなトランス状態に味を占めると毎週通ってしまうのはよく分かる。ナンパのために作られた舞台みたいなものだ。その舞台の上でいくら上手に踊ったとしても、それは自分の力ではない。どうぞ踊って下さいと言われているところで踊ることへの抵抗感がある。だから、街中でナンパすることの方が僕は好きなのかなと思った。もちろん、クラブナンパのあの麻薬的なトランス感は心地よいけれども。でも、街中でナンパするよりも、容姿さえきちんと整えていたら成功し易いから、クラブナンパで自信をつけて、街に出るっていうのはいいのかもしれない。

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