和束ワークスでの舞踏の稽古のこと


小学校一年生のとき、僕は学芸会の当日、「行きたくない」と言って、母親を困らせたことがある。結局、頑なに行かなかった。何が嫌だったのだろう。練習は積極的にしていた。単純に考えれば、人に自分の表現を見られるということが嫌だということになるだろう。自分のことではあるが、実際にそうであるのかどうかは分からない。

自分を守ろうとする自意識というのは難しい。舞踏の稽古に参加することは、特に僕のカウンセリングを受けてくれた人たちがいるなかでは、かなり難しいことだった。

舞踏家の田中誠司さんが、これから皆で踊るということを説明していた。会場の半分は空けて、もう半分に皆で座って、その舞台となるところを皆で見つめていた。説明半ばのとき、突然誠司さんが舞台に転がっていった。木の床は大きな音を立てて、そして、誠司さんは転がったまま綺麗に止まった。それからゆっくりと動きだし…誠司さんは踊り続けた。空白だった会場の半分には、誠司さんの存在によって特異な空気が流れていた。誠司さんがその舞台からこちら側に戻っても、その中に空気が流れ続けていた。

この瞬間が僕の脳内で再生され続けている。これが舞踏なのかとはっきりと感じた瞬間だった。人間が瞬間的に場の空気を変えることが出来るのだ。その後、誠司さんにそのことについて聞いた。踊るかどうか考えたと言っていた。自分が踊らなければ皆に示しがつかない。だけど、それによって場の空気を変えることが出来なければ最悪だ。一瞬、その思考がよぎった瞬間に彼は舞台に転がっていったのだ。

新しいことをすることはいつでも不安だ。同じことだとしても、それを新たにするということが決して同じことではないと知っていれば必ず不安は訪れる。その不安を越えて、自分をその場の捧げものにすること。不安であればあるほど、力が出るし、それまでよりも良いものを生み出すことが出来る。あの踊りを見たときに、自分を捧げものにする感性を受け取ったように感じた。そして自分自身を空間や他人に捧げて、新しくしていくということが、トランスを深めるということであると思った。

僕は小賢しくトランス状態というものを扱っていた。ナンパをしたいというクライアントに自分を見つめてもらう。それによって、こんがらがった考えは整理されて、以前よりもナンパが出来るようになる。やっていることは間違っていたとは思わないが、今回学ばせてもらった感性があれば、もっと別のことが出来たに違いないとも思った。クライアントがもっと深く自分を見つめることが出来るという可能性を信じ切れていなかった。それは僕自身が自分自身をより深く見つめられるという可能性を見出していなかったからだろう。

最後の日、二日間寝食をともにしたクライアントの人たちと舞踏の稽古をしたときに、カウンセラーという役割、ナンパ講習をしている人という役割を自分に課したばかりに、成長が滞ってしまっていた自分を感じた。クライアントだろうがなんだろうが関係ない。好きなようにやろうと思い、好きなようにやった。自分なんて大したものじゃない。自意識にすがっていてはより新しいものを見る機会を奪われる一方でしかない。

舞踏の稽古が終わって、クライアントだった人たちや他の人たちに意識を向けたとき、鮮烈に人間としてのその人たちが自分の中に入ってきた。自分が求めていた感覚はこうして得られるものだったのかと思った。何度も何かを練習することではない。ただ外せばいいものがある。それがこの自意識だった。

クライアントに限らず、友人にしてもそうだ。仲が良くなればなるほど、自分を見せることが出来なくなる。その点、江坂さんとの関係は珍しい。一緒にワークショップをして、互いの強いところ、弱いところが、参加者とのやりとりで見えてしまう。それでも関係の中で出来ていなかったことがあったことを知った。舞踏の稽古で江坂さんの動きを同じ参加者として見つめていた。そうそう、江坂さんにはそういう感じがある…心の中で頷きながら動きを見ていた。その動きから強く彼の感覚が滲み出していっていた。舞踏は念が漏れているのとは違う。放出するための行為なのかもしれない。涙が流れているのを見たのは、感覚が放出されているのを感じたあとだった。そうなっているだろうとは感じてはいたが、姿そのものに見入っていた。多分、僕の動きからも、そういうものが滲み出ていたのだろうと思う。特にそのことについては互いに深くは話さなかったが、その稽古が終わったときに感じたことを少し彼から聞いたとき、僕は頷いたように思う。そして、そういうところに気づいていたのかと言われたから、頷いた。どう伝えたら良いのかも分からなかったし、伝えて良いものかどうかも分からなかった。そう感じてそうしていたということが、水に沈んで水面からゆらりと歪んで見えている何かが水中から浮かび上がってはっきりと見えてくるかのように、分かった。

和束ワークス

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