田中誠司さんの舞踏のワークショップに行って


僕は踊るのが苦手だ。芝居をするのも苦手。小学一年生のときだった。演劇の発表会があった。それなりの役をもらって、発表のときまで一生懸命に練習した挙げ句、当日に突然行かないと言い出した。母親はびっくりして、なんとか行かせようとしたが、頑に行かないと言い張った。その日はどのように過ごしたのかは全く覚えていないが、それから人前で何かを発表することはしないようにしてきたし、カメラで撮られることも出来るだけ避けて生きてきた。

皆で楽しく騒ぐのも苦手だ。クラブナンパをするときはいつも、自分は日本で一番テクニックのあるナンパ師になるのだと言い聞かせた。そうすると視点がぐっと上にあがって、周りの人たちと交わらなくなる。皆と一緒に楽しみに来たわけじゃない。自分の目的を達成するためだけに来たのだと言い聞かせていた。

他人に、場に身を任せるということは難しい。一方で、任せることはとても心地良いことも知っている。好きな人、尊敬する人に、ぽんと自分の身体を捧げる。それはとてつもない快楽であることも知っている。それをするだけで自分が変わってしまうことを知っている。だけど、そうそうそんな機会なんてないとも思っていた。そして、僕は幸運にも、そうした機会に何度も恵まれてもいた。

舞踏のワークショップに行ってきた。二時間ほど前に会場の近くについて、心の準備をしていた。この機会は、自分を大きく変えることになるということは、なんとなく分かっていた。二時間、悩んだ。お腹が痛くなったので、途中で帰ろうかとも思った。モスバーガーでカスタネダの『イクストランへの旅』を読んでいた。

“『わたしがやり方を知っていることをしない』というのが、力への鍵なのだ”

そう書いてあった。僕は踊ることを知らないし、人前で自分の何かを表現する方法を知らない。今まで何度か、大勢の前で話をしたことはある。そのときはただ話したくて話した。「あなたを表現して下さい」と言われたわけではない。自分がどんなことを考えて、どんな行動をとって、そしてどんなことを今は考えているのか、それを人に言って、その反応がどんなものなのかを知りたかっただけだった。ただ、そのときも、いつも、知らない場所に飛び込んでいく恐怖があった。

会場に着くと、今回のワークショップの主催者である田中庸平さんがいた。彼の「食と呼吸と音」というワークショップに行ったこともあるし、彼が僕の「ラポールと身体知」に来て下さったこともある。顔を見て、少しほっとした。そして、舞踏家の田中誠司さんがいた。端正な、表情のない、温かい感じのする方だった。気持ちの良い開かれた挨拶をして頂いた。僕も挨拶をした。だけど、そこには何か陰りがあった。いつも、自分の挨拶には陰りを感じてはいなかった。だけど、そのときにははっきりと、今までもその陰りがあったのだということを感じ取った。

ワークショップの会場はしっかりとした木の床で、踏みつけてもその木の分厚さが足の裏に跳ね返ってくるような感じがした。その端に僕は正座した。隣の女性が挨拶をしてくれた。僕は軽く会釈をした。無愛想だったかもしれないが、談笑する余裕はなかった。

ワークショップが始まった。参加者の中には頭を丸めた、明らかにダンサーらしい方も混じっている。他の方もダンスの経験者であるようなことを言っている。僕の緊張はさらに高まってしまった。

はじめに立ち方を教えて頂いた。それから誠司さんが一人一人の真正面に立っていくと言う。そして、鏡を見るように、前に立った誠司さんを見るようにと言われた。同調だ。自分がいつもやっていることだと思った。いつも、そうしろと言われていないのに、人の前に立って、その人の情報を身体で吸い取ろうとしている。

誠司さんが僕の隣の人の前に立つ。唾を飲み込む、まばたきをする…意識が散り散りになろうとしているのを感じる。僕の前に立つ。誠司さんの目は完全にトランスに入っていた。僕はその目を見つめる。自分の目の力も抜いて、トランスに入る。唾を飲み込むたび、瞬きをするたび、意識がまた散り散りになる…それを僕は必死でつなぎ止めようとする。負けたくなかった。自分の周りにある世界に対して、意識を集中すること。そのことについて、僕は他人に負けたくない。普段からいつもじっと周りの空気を感じている。その中にいる自分のことを捉える。自分の身体の感覚、内面の動きを捉える。そうして、今までも、色々なことをしてきた。だけど、実際のところ、僕は他人が怖かったし、その恐怖心をなくすことは出来なかった。目の前に人が現れるとき、いつも自分の、穏やかに周りを感じていた意識が、ギュッと一つに、自分の胸の辺りに集まるのを感じては、それを元通りにしていた。僕はいつでも怖かったのだ。意識が誠司さんからぶれて、会場の風景の方へと逃げようとする…。

目の前のこの人はどうなのだろうか。誠司さんは恐れていないように見える。いや、違う。この存在している感じは、繊細な感受性のなせる業なのだ。それは彼のブログにも書かれてあった。彼と僕とが違うのは、その繊細さ、弱さ、恐れ、自分自身に対する信頼だ。僕はその自分の弱さを武器にした。環境が整えば、自分のそうした弱さが武器になること、人を惹きつけることを知った。それは自らの弱さを、身体の外に置くことだった。彼のやり方はそうではなかった。その繊細さは彼自身の中にあり、活き活きと脈打っているように思われた。

代々木忠監督にお会いした瞬間のことを思い出した。監督と対面したとき、身体に頭から足の方まで、ズドンと衝撃が一直線に瞬間的に走ったのを感じた。僕は催眠術を学んで、実践してきた。監督の誘導を映像で見たり、音源で聞いたりもして、参考にさせて頂いていた。そのときは、なるほどと思いながら、その誘導から、使える部分を抽出したりしていた。それは間違っていた。催眠誘導の達人だったエリクソンから、他の分野の身体技法から、色々な人たちの日常的な所作から、必要なものを抽出し続けた。ある人からは僕はサイボーグだと言われたこともあった。色々な技術を盗んでは身につけてきて、自分の弱さを技術で補おうとしているように見えたのだろう。その対面のとき、僕の技術は僕の身体の外側にあったのだということを、その一筋の衝撃は一瞬の間に理解させた。僕の身体の周りにあって、僕自身はそれが僕そのものだと信じ込んでいたものが、僕の身体から離れて、散り散りになって、その場に落ちていった。僕はその技術で身を守っていなければ、出会った人たちのことをもっと深く感じることが出来たはずなのだ。

僕がこれまで技術だと思っていたものは、小手先のものだった。もっと自分に集中しろと自分自身に言い聞かせた。僕は色々な人にそう言い続けていた。自分自身に集中しなければ、新しいものを身につけることは出来ない。だけど、自分自身にここまで言い聞かせたことはなかったように思う。他人に言い続けたことが、一気にその一瞬に集約されて、僕自身に返ってきた。有り難い瞬間だった。

そうすると、無理に集中しようとしていた意識が消えて、緊張も抜けた。今ここに自分がいて、そのことを感じるということ。それ以外には何もない。誠司さんと向き合って、目を合わせて、僕はそのことを身体を通じて、伝えてもらった。

その後も、たくさんのワークをして頂いた。

帰り道、自分が今までに感じたことのない開かれ方をしているのを感じた。
自分を開けば、どんなものでも特別な、自分を感じられる機会になるのだ。

 

舞踏家 田中誠司 公式webサイト

田中庸平さん
ワークショップ「食と呼吸」/想像的民族料理店 imaginary cafe

アグレアブル・ミュゼ
落ち着く空間で、ご飯が凄く美味しいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


This blog is kept spam free by WP-SpamFree.