気功とピラティス/身体の変化と感覚の変化について


 首の後ろがいつも熱く、ピンと張っていて、目の奥にはぐっと力が入っていて、そして、背骨の辺りは硬直する。僕が催眠をかけるとき、他人の状態を読み取ろうとするとき、日常の会話の中で働きかけをするとき、ナンパをするとき、そのようになっていた。

 人に働きかけるというのは何だろうか。自分の身体を硬直させることだろうか。ある意味でそうだろう。僕は相手の中に入り込むために、弾丸、刃のように自分の身体の形を変えていた。形を変えた分だけ、その後には疲労が残った。目の下にはクマが出来て、首の後ろ、背骨の周りは固くなって、何も感じ取れなくなって、自分が何を思っているのかも分からなくなる。解離状態だ。パニック障害であったときは、不要な心配事のためにエネルギーを使い尽くして、こんな状態になっていたように思う。それを自分にとって必要なことにエネルギーを集中させることが出来るようになった。だから、こうした精神的な疲労感は、自分が何かに意識を集中させたことの証拠なのだ。そうやって、自分を使い尽くしてしまった日には、家に帰って寝るだけだ。寝て、次の日には回復しているときもあるし、起きてから半日、或いは一日、さらに眠らなければいけないときもある。

 エネルギーというと怪しい。これは集中力と言うべきだろうか。一度、自分の頭の中を真っ白にして、それから集中すべき対象に意識を向けて、思いを馳せる。そうすると、様々なイメージが思い浮かんでくる。そのイメージに自分の身体が反応するのが分かる。熱くなったり、気持ちが前向きになったりする。そうなると、イメージはアイデアに変わってくる。こうなったらもう、それからやることは大抵上手くいく。こうなって、失敗したと感じたことはない。失敗はいつも、この事前のコンディション作りが上手くいかなかったときに起こる。

 気功はこのコンディション作りのコツを教えてくれた。自分の身体により繊細に意識を向けること。はじめに書いたような、身体的な変化は無意識に起こっていた。それが気功をすることによって、意識的に起こすことが出来、さらにそれを促進させることが出来るようになっていった。その代わり、促進させてしまったときは、今まで感じたことがないような疲れがあった。身体は元気なのに、空虚な感覚に浸されて、身体を少し動かすことさえ辛いと感じるし、目の前に見えている人間の動きから、何も連想出来なくなってしまう。自分がうつ病だったときのことを思い出した。理由のない絶望が自分から離れない。その理由を考えたところでどうにかなるわけでもない。放っておくしかないのだ。そういうときはスワイショウをすればいいと聞いていたので、スワイショウをし続けた。身体にまとわりついている空虚な感覚が、しばらく腕を振っていると、少しずつなくなっていった。セラピストは早死にしてしまうことが多いと気功を教えてもらった江坂さんから聞いていた。江坂さんは、エネルギーを使い果たし続けている僕のことを心配して、気功を教えてくれたのだ。江坂さんの言う通り、気功は自分にとって、心身の状態を整え、能力をさらに引き出すために必要不可欠なものになった。

 気功を続けて、それまでよりも調子良くカウンセリングや講座を続けているときにピラティストレーナーの葉坂さんに出会った。彼のレッスンを受けに行ったとき、葉坂さんは僕の下半身に可能性があると言った。トレーナーとして気を遣って言って下さったのだ。つまり、僕の下半身には可能性があるというか、直すべきところがたくさんあるということだ。僕は既に気功を通じて、身体の変化が自分の精神状態の変化や心理療法における能力を伸ばすことに大きな影響があるということを知っていたから、葉坂さんのピラティスのレッスンを受けることは自分に大きな変化をもたらすと確信していた。すぐにプライベートレッスンを申し込んだ。

 足の辺りの筋肉の緊張をとったり、骨盤を良い位置に戻すことなどをして頂いて、いくつかの自分の身体を整えるための器具を頂いた。僕はそうして教えて頂いたことを毎日繰り返した。効果はすぐにあらわれた。皆、歩いているときに立っているという感覚は持っているだろうか。僕は持っていなかったのだということに気づかされた。ある日、足の裏から地面が反発してくることを感じた。手で壁を押したときのように、足の裏で地面の反発を感じていたのだ。地面の反発が、足裏から身体全体に、下から上へとすっと流れてくる。自分の骨盤が立っていて、こうして立つということがこんなにも快いものなのだということを感じた。

 人に働きかけるというのは何だろうか。僕は自分のエネルギーを身体全体で増幅させて、それをぶつけることだと思い込んでいた。その日から、そうではないのだということを感じた。それまでは催眠を使うときには僕は前傾姿勢になっていた。それが骨盤を立てて、背筋がピンとなった状態でかけている自分に気がついた。僕のエネルギーは増幅させてぶつけるものではなくなっていた。自分の身体の中に、周りの人たちの感覚が入り込んできて、それが身体の中でグルグルと回り続けて、誘導するためのイメージとして熟成されていくようになった。これが催眠の誘導だったのだ…と自分の中では衝撃的な出来事だった。それまではカウンセリング、ナンパ講習、講座をした後には心身ともにぐったりと疲れ切っていたのが、前よりも疲れなくなった。僕は無駄にエネルギーを使っていた。エネルギーを増幅させて投げつけては疲れ、眠って回復し、また投げつけて…を繰り返していたのだ。

 僕にとってナンパとは何だろうか。それは日常の中で使い切れなかったエネルギーの投げ捨てる場所だろうか。様々な場所で、相手を見ずに話している人たちを見る。僕もそうなっているときがあるだろう。使い切れなかったエネルギーをそのようなナンパで消費しているのだなと思う。中に溜め込んでしまえば、それはそれで具合が悪くなってしまうから、悪いことではないだろう。だけど、自分の身体を整えて、周りのことを感じられるようにすること、そして、それを自分の身体の中で熟成させて、然るべきアウトプットをすること、そういうことをするように意識をし始めてから、他人と無理矢理に話したり、セックスをしたりして、無意味なことをしたというような虚無感に襲われることが少なくなったように思う。歪な身体が整うと、他人と向き合うことが出来るようになるのかもしれない。

 江坂さんに気功を教えてもらって、葉坂さんにピラティスを教えてもらって、僕は二人に自分の心身を救ってもらった。変化は、新しいこと、信用出来る人のアドバイス、そして必要だと思ったことを納得がいくまで続けることによって起こるのだと思う。

気功とピラティス/身体の変化と感覚の変化について」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 枠の外。 - 葉坂多壱貴 公式website

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