月別アーカイブ: 2012年5月

Ustream『ナンパの手帖 “カウンセラー”という病』

原宿テラスで『ナンパの手帖』をやりました。
今回は「“カウンセラー”という病」というテーマ。

カウンセリングやナンパに限らず、全ての物事は病的になったときに初めて上手くいくと思う。
病的にならなければ、努力して、頑張ってやるということになってしまう。

ゲストとして藤野さんに来て頂いた。
三人の息が合ってきたなと思っていたところだったので、藤野さんもうまくお迎え出来たと思う。
qqilleは分析家、小野さんはぼんやりとした巫女的な立ち位置、僕もぼんやりしてる人。
この三人のパーソナリティが際立っていて、やり易い。

藤野さんは大学の先生でありながら、催眠療法士としても活躍されている。
その藤野さんの僕への催眠誘導から始まった。
小野さんは催眠にかかり易すぎて、うなだれている。

話の内容はカウンセリングのこと、催眠術のこと、ナンパのこと。
バランスのとれた良い回だったと思う。
ナンパとカウンセリングの違い、弱い人間がいかにして自分のやり方を見つけるかとか、そういうことを話していた気がする。

カウンセリングやナンパに興味がある人に見てもらえればと思います。

ナンパの手帖 “カウンセラー”という病

ナンパは技術ではなく、状態でしかない/クラブナンパのやり方

ナンパを教えることとナンパをすること
数日前、久しぶりにナンパした。ずっと声をかけることに躊躇してしまっていて、地蔵状態になっていた。怖くてかけられないというよりも、なんで声をかける必要があるのか分からないという感じ。自分は偏執狂的にナンパのことを考え過ぎていたなと思う。

それから、どうして人は他人と話さなければいけないのか、と考え続けていて、それもどんどんよく分からなくなっていっていた。ナンパという現象についての考察をし過ぎると、行動がとれなくなる。だけど、行動について焦点を合わせてみると、声が簡単にかけられる。ある意味、僕にとってはそれも頭のネジを外してしまった状態だ。人間ってこうして、一つの物事に対してどんどん冷静になっていくものなのだろうか。それとも器用にネジを外せるようになった方がいいのだろうか。ナンパを教えたり、それについて考えるほど、他人に対して、声をかけたい、話したいという気持ちを持つことが少なくなっていっているのを感じる。

ナンパを教え始めたとき、教えることには興味はあるけど、することには興味を少しずつ失いかけ始めていて、でも、教えるわけだから、自分も活発にナンパし続けていないといけないという思い込みにとらわれていたことがある。特に、ナンパの腕なんてなかなかやらない人には証明し辛い。だから、自分が出来るということを証明するためにナンパしてしまっていた。教え始めたときはそういう形で自分に実力があるかどうかを見られていた気がするけど、今はもう全くそういう感じではないということを感じている。だから杞憂なのかもしれない。

それでも常に、そういうナンパしないといけないのではないかというところに戻ってしまう。そういうとき、いつもやってみると、以前よりも技術的にも上手くなっているし、ナンパに関する理解も深まっている気がする。延々と客観的に現象を見続けた結果だからだろうと思っている。

 

ナンパは技術というよりは状態によって行うもの
やってみるとナンパは凄く簡単だった。今回気づいたのは、やっているときは完全に自分はヒステリー的なトランス状態に入っているということ。拒絶の痛みを殆ど感じない。拒絶されても、それをどう解除していくかと延々と突き進もうとする。拒絶されていることははっきりと認識はしている。これはトランス状態の性質によるものなのだろう。主観的視点と客観的視点を同時に持つことが出来る。そして、主観的視点によって拒絶されていることを繊細に感じて、客観的視点によってその拒絶の理由を分析し続ける。トランス状態でなければ、どちらかに偏ってしまう。拒絶されているのを無視して強引にいくか、拒絶を執拗に感じてしまって地蔵になってしまうか。
結局はナンパは技術ではない。自分の状態だ。今までは僕は技術だと思っていたところがあるのだと思う。「どうやって声かけようか」と考えてしまうことがあった。そうじゃない。ただ、その状態になれば簡単に声がかけられて、話もスムーズに進んでいく。自分の中のナンパできる状態を探すことがナンパが上手くなる近道だと確信した。

 

クラブナンパのやり方
久しぶりのクラブナンパだった。身体が熱くなっていって、他人と自分の壁がなくなっていく。自分でもこれは異常なことだと分かっている。そこにいる人たちの欠けているもの、寂しさが自分の中に飛び込んでくる。それを食い尽くしたいという気持ちになっていく。クラブナンパのときの感覚を思い出した。

 

コンタクトを目立たないように取り続ける/くじ引きでしかない
クラブナンパのときのコツはとにかく、目が合った人や、行けそうな人にコンタクトを取り続けること。行きたい人がいてコンタクトをとってもいいけど、人は状態によって受容か拒絶という行動の選択をする。その人が受容しそうなタイミングで行くのが一番いい。ただ、コンタクトは派手にとったらいけない。他の人が見ていて、ナンパをすごくするような人に見えたらいけない。これは街のナンパと同じ。

 

彼女たちの生態を理解する
基本的にナンパ箱に音楽好きの人などいない。彼女たちの殆どは他人との出会いを求めている。だから、テンションが高そうでいて、実際はそんなに高くない。周りに合わせるのに必死になっているだけ。だから、彼女たちの本当のテンションの方に合わせて声をかける。もし彼女たちの無理に上げているテンションの方に合わせると、引かれることが多い。暗闇の中、ヌルヌルと動く人の波の中、目立たないように、さらっとした感じ、テンションで声をかけ続ける。目を合わせて挨拶をするか、或いは肩を叩いて目を合わさせるだけでいい。

 

固定して声をかけることのリスク
どこかに場所を固定して延々と声をかけていると、その姿が周りの目には寂しいナンパ師に映ってしまう。実際、そういう人は何人もいて、あまり上手くいっていなかった。動いていることが大事。或いは止まっているときは、動いているときよりも自信を持っていなければいけないということを認識しておく必要がある。あの場所で、寂しそうな人には誰も絡みたくない。何か話す意味のあるような人物であるように思わせる必要がある。彼女たちにとって、3000円のエントランスを払って、わざわざ出会いの場に来ているわけだから、そういう意味では街でのナンパよりもシビアな部分もある。実際、エントランスで3000円を高いと言って帰っている女の子もいた。

 

敵を知る/虚勢を張っている男性たち
男性たちを見ていて、殆どの人が虚勢を張っているのに気づいた。余裕のある様子を見せようとしているけど、酔っているにも関わらず、表情と身体に緊張が表れている。試しに女の子を彼らが目を離した隙にとってみて、彼らの方を見ても怒っている様子はない。困っていた。基本的にあの中にいる大勢の男性たちは自信がなかったり、ナンパが上手いわけではないということを認識しておけば、クラブナンパ初心者の人も余裕を持ってナンパ出来ると思う。大事なのは、虚勢を張ったり、無理にチャラチャラした声かけをすることよりも、周りを観察すること。女の子の寂しさ、本当は楽しんでいないこと、男性の自信のなさ、虚勢を張っていること。それを見抜ければ、クラブナンパで成果を挙げることが出来ると思う。

 

麻薬のようなクラブナンパ
最近、友人のナンパ師がクラブナンパをしていて、その話を聞いていたのでどうしても自分もしたくなったけど、やっぱりあまり好きじゃないなという結論が出た。ただ、あのヒステリックなトランス状態に味を占めると毎週通ってしまうのはよく分かる。ナンパのために作られた舞台みたいなものだ。その舞台の上でいくら上手に踊ったとしても、それは自分の力ではない。どうぞ踊って下さいと言われているところで踊ることへの抵抗感がある。だから、街中でナンパすることの方が僕は好きなのかなと思った。もちろん、クラブナンパのあの麻薬的なトランス感は心地よいけれども。でも、街中でナンパするよりも、容姿さえきちんと整えていたら成功し易いから、クラブナンパで自信をつけて、街に出るっていうのはいいのかもしれない。

qqilleとナンパを教えてみて思ったこと

友人とナンパを教えてみて
昨夜はナンパのトークイベントのために、ナンパしたことがない人がナンパをする映像を撮っていた。友人のqqilleと僕とが実験台になってくれる人のナンパを見て、どうすればいいかアドバイスをし続ける。

qqilleは声をかけている行動そのもの、そして話の内容について言及する。僕はその人の動作を導き出した心理状態と女の子の心理状態について言及する。彼のアドバイスを聞いていて、すごく勉強になった。

僕はどうしても、心理的な変化による行動の変化に拘ってしまっていたのかもしれない。でも、ナンパしている人間らしい行動をとり続けることによって、心理的な変化が起きるのも事実だ。彼はその行動についてアドバイスをし続ける。彼の言うことはシンプルだった。テンションを高めて、相手にとりあえず話しかけて、そして相手に反応し続けること。終わった後、二人でそういうことについてずっと話し続けていた。

ある程度の柔軟な心理状態さえ作れれば、あとは延々と声をかけ続けるしかない。心理状態の変化を内省して、言葉を使って見つめ続けるのは、結果を出してからだ。それまではただひたすら声をかけること。地蔵の人がいくら自分の考えを掘り下げても、地蔵するための言い訳しか出てこない。

自分の心の内側を見つめる抽象的思考が出来ることは人間として大切なことではあるだろうけど、それが始めの段階では足枷になる。抽象的思考が実際の行動をとらせることを躊躇させる。
反対に、実際の行動をとり続けて、ある程度結果を残せるようになった時、抽象的思考が出来なければ、結果は出せても美しい所作を身につけることは出来ない。「あの人、いつもナンパしてる。」と言われるようなナンパ師になる。頭のネジが外れた典型的なナンパ師になってしまう。

それはそもそも彼らの望みだったのだろうか、といつも思う。ナンパを始めた時、人は何を望んでいたのだろうか。僕は他人を怖いと思わない自分になりたいと思っていた。別に世界で一番の美女を抱きたいとかは思っていなかった。初めの目的をどんどん忘れていってしまう。この、孤独で過酷な行動の繰り返しの中で、皆目的を忘れていってしまう。目的よりも、明日、セックスが出来るのか。或いは、寂しさを感じずに明日は生きていけるのか。そういうことにとらわれてしまう。

 

声かけについて
声かけするときは大胆に繊細に、自分の行動だけに意識を向けて。反省するときは、自分の行動を振り返って、緻密に行動と自分の心理状態を分析していく。
その日、教えているつもりだったのが、教えているときに段々とハイになってきてしまって、気づいたら自分で声をかけてしまっていた。そのとき、僕は多分、何も考えていない。身体が勝手に動いている。声をかけて、話し続けて、信号を渡ったところで女性が立ち止まった。そのとき目が覚めた。
それを振り返ってみると、僕が瞬間瞬間にどういうことを感じて、それによってどういう行動をとったのかは分かる。そして、このエンジンがかかってしまうと完全にナンパマシーン化してしまう自分に気づいた。
qqilleとナンパは熱に浮かれているようなものでしかないという話をしていた。もちろん、繊細な心理的な技術ではあるだろうけれども、やっている最中は熱に浮かれて身体が勝手に動いているものだ。その原動力となっているのは、なんらかの欲と自分の技術への確信なのかもしれない。
それが行動というものなのかもしれない。動いているときは何も考えていない。そして、終わった後にそれを冷やすように考える。成功したからこそ、その行動を否定して、粗探しとその行動をとっている自分自身について考える。この工程がないと、ただの色気狂いになってしまう。

抽象的思考を身につける方がナンパが出来るようになるより難しいと思う。だけど、ナンパが出来るようになる段階では抽象的思考がそれを阻害する。そして出来るようになった後、抽象的思考は自分自身の努力して獲得した行動を否定するものだから、あまり目を向けたくないものに向けることになってしまう。

 

ナンパを始める人に
それから、本当にナンパが上手くなりたいなら、誰も助けてくれないということを学ばないといけないと思う。おどおどとした声かけは、いつか誰かが助けてくれるという期待の表れ。たくさん無視されて、誰も自分の得にはならない人を構わないということを学ばなければいけない。
それがスタートになるのかなと思う。なんか悲しいことだけど、それを自覚した上での技術を磨くための手伝いであれば僕は出来るし、その自覚がない人には手を差し伸べられない。一度街で延々と声をかけて、誰も自分のことを相手にしてくれないということを学んでもらうしかない。

カウンセリング、ナンパ、心の奥を見つめる

恋愛ワークショップをやっていて思い出した。

カウンセリングのトレーニングを受けているとき、ロールプレイをしているときにクライアント役をやって、自分の悩みを打ち明けたことがある。そのとき、20人くらいの他の受講生に感情がない人間のように扱われて辛かった。30代から50代くらいの男女がそこではカウンセリングを勉強していた。カウンセリングに興味を持つのは、それくらいの年齢の人が多いのかなと思う。その辺の、趣味でやってるようなカウンセラーには絶対に負けたくないとそのとき思って、僕は否定されたナンパを狂ったようにやり続けた。

あのとき、僕は感情がないと言われて悲しかった。他人が怖くて、他の人のように普通にコミュニケーションがとれないから悩み抜いた挙句にナンパをしたのに。ロボットのように見せかけているのは、自分の奥にあるものを見せたくないからだった。今日、その日の自分と重ね合わせしまう人が講座に来てくれて、話を聞きながら涙が出そうになっていた。やむなくナンパを選んですることになった人がその願いを達成するようになってもらうことや、自分自身を見つめ直すことを覚えてもらうことが嬉しいと自分は感じることが多い。それも結局は僕自身のためでしかないけど、役に立てるだけの技術は持っていたい。

どうせやるなら、大胆に、繊細に、これ以上のものはないと思えるくらいにナンパすること、他人を制することを覚えてもらいたい。ナンパをやっていると、無意識のブレーキみたいなのがかかるときがある。僕の場合、それは他人を利用しているという後ろめたさだった。でも、それでも得たいものがあるのかどうかなのかなとナンパを教えさせてもらいながら最近考え続けている。技術を身につける、性的欲求を満たす、自己顕示欲を満たす…色々あるだろうけど、そういった欲を叶えなければ、その欲にとらわれたままでいてしまう。
それを他人を利用するなんて良くないというところで踏みとどまっても、欲を叶えるまではいつかまた同じように他人を利用したくなってしまう。

ナンパしていた理由/二年前、ナンパした人妻とホストクラブに行ったときの話

二年前のツイートから。そのときの自分を振り返ってみたいと思う。このとき僕は、毎日誰かとセックスをしていて、セックスしない日にはホッとしていた。でも、次の日にはセックスしたくて仕方がなくなって、またナンパをしていた。相手は色々だった。酔っ払って、わけのわからない人としたこともあるし、僕としては綺麗だと思える女性を慎重に計画を立てて狙っていっていたこともある。
ナンパを教えさせてもらっているとき、いつかナンパを覚えてくれたその人もナンパを辞めていくんだろうなと想像している。なんでこんなことするんだろう。その疑問と向かうために過去の自分のことを考えてみたい。青色の部分は今思っていること。

以下は二年前のこと…

今日は突然、人妻から電話。今新宿にいることと、周りがガヤガヤしていることと、隣から質の良い男性の声が聞こえてきたことから、ホストクラブではないかと思う。聞いてみたら、そうだった。
この人妻はとんでもない金持ちで、わがままでM、人を嫉妬させることが大好き、容姿は素晴らしく美しく、32歳。こんなのがホストクラブにいて、そこに僕が呼ばれるというのは、彼女が僕に嫉妬させて何かを仕掛けてくることは容易に想像できる。

しかし、ここで引いてはいけない。ホストの人に電話を代わってもらい、店の場所を聞く。こうやって、まず彼女の周りの人間から固めていくのは重要だ。電話に出たホストに対して、優しい声で話しかける。

この当時、僕はとにかくラポールを築くことに重点を置いていた。基本的には声をいかに出して、その声によっていかに相手に与えたい印象を与えるかということを考えていた。

店に到着すると、彼女がいた。ホスト数人に囲まれている。僕はとにかく、彼女を無視して、周りにいるホストに話しかけ続けた。この場を制するためには、彼女以外の人たちとのラポールをまずは結ぶことが重要だと考えたからだ。ホストたちと仲良くなって、乾杯する。僕の力量では、素面ではこの場所は通過できない。自分としては、ハイペースに飲む。体が出来上がってきた。その間もホストと仲良く話している。

こういうとき、まずは場を制さなければいけない。そのためには敵になりそうな人から味方にしていくことが重要だ。しかし、こんなことをやっている時点でナンパに対してかなりハイテンションである。

そして、彼女を貶し始める。こういったことは、その場その場では精密に計算しているわけではない。ただ自然と思いつくままの行動をとっている。 彼女が調子に乗っている僕に対して、少し怒りを感じている。ホストたちも、少し彼女のご機嫌をとらなければいけないと気づいて、そちらに走り始める。僕をこの場に呼んだのは彼女だ。ツンツンしながらも、僕のことを求めている。

これはテクニックを使ったナンパの基本。貶して、褒めてを繰り返す。今ではそういうテクニカルなことをするのは辞めてしまった。この当時は様々なテクニックを使っている自分に酔っていた。今はテクニックについて考えることは殆どない。ぼんやりとその人と話したいことを話すようにしている。当時は対象のことなどどうでも良かった。とにかく、ナンパを極めたいという気持ちが強かった。

ホストたちのいる場で僕を試して、僕が嫉妬して怒るかどうかを試そうとした彼女が嫉妬して怒ったという構図。ここで僕は彼女に対して先手を打つことが出来た。「こいつっ…!」と言わんばかりの表情を僕の方に向けて、彼女が隣に座っている。 そこで、僕は優しく彼女をなだめた。「ごめんね」と。 何かに対してごめんねと言うのではなく、ただ何の意味もなくごめんねと謝ることを意識した。その一言で彼女の表情が和らいだ。そして、ホストの一人が僕が彼女のためにわざわざ来たんだよ、とフォローに入ってくれた。そこですかさず、「そっちが呼んだんでしょ」と彼女を突き放す。彼女はまた怒りの表情になるが、すかさず「会いたかったよ」と僕が返す。単純な運動。 貶す、優しくするをこの調子で、テンポよくこなしていく。予め、ホストたちとのラポールを結んでいるので、彼らも僕の意図を汲んでか、上手く立ち回ってくれている。段々と彼女の目が僕に対して、求めるような感じになってくるのを確認し、ホストたちが彼女をほめるのに乗ったり、乗らずに貶したりを延々と繰り返す。そうすることで、僕にあまりホストたちに気を遣わないように、彼女が主役であることを崩さないようにすることが出来た。僕がそうしないと、ホストたちは僕に気を遣い、彼女に気を遣い、で僕のことをこの場に来なければ良かった邪魔者だと思ってしまう可能性があっただろう。

ホストたちとの連携で彼女を楽しませる。そこで閉店時間の一時も近付き、ホストたちも彼女に僕と帰るように促してくれ、気持ち良く彼女と店を出ることに成功した。すぐにタクシーに乗って、僕の家に行く。タクシーの中で初めて彼女とキスをする。運転手のことなんて気にする暇はない。兎に角、彼女に何も考えさせないことだ。やっぱりおそくなって、家に帰らないと、なんてことは考えさせてはいけない。キスをしながら、体を触り、彼女のセックスしたい気持ちを膨らませる。キスでなるべく、彼女の呼吸を止めるようにする。呼吸を止められると頭がぼーっとして、何も考えられなくなる。その間に体を優しく、ときに強く、緩急をつけて触っている。このようにして、新宿から赤坂まで、15分ほどで着いた。彼女は既に出来上がっている。家でかなり激しくセックスをする。

催眠術を覚えたての頃だった。酸欠状態になると人はトランスに無理矢理入ってしまう。そして、トランスに入った状態で身体に触れると身体が敏感になっていて、尚且つ理性的な思考が出来にくくなっているので、より快楽を感じ易い。

そして、朝は子どものお弁当を作らなければいけないので、彼女は帰宅した。人妻と付き合うと不思議な感覚がある。基本的に彼女は帰る。泊まってはいかない。そうして取り残されて、僕と彼女との間にある壁を感じる。未婚女性が、不倫相手の既婚男性に対して、あまりにも強い執着を持つのはこの壁のせいだろうか。結局、相手には帰る場所があり、自分は一人。楽しいけれども、ちゃんとした相手を探そうと思う。

この当時、ナンパすればするほど孤独感が募っていた。でも、コミュニケーションの技術を一通り身につけたいという気持ちがあって、その孤独を感じている暇はなかったように思う。少しだけ孤独を感じて、でも次の日には試したいことが山積みだった。毎日ノートをつけていて、その日のナンパで試したいことを書き、ナンパが終わったら良かった点と反省すべき点を書いていた。

ただ、彼女との今日のこの付き合いは自分にとって、かなり勉強になった。もしかしたら、ホストクラブから惨めに一人で帰らせられるということもあったかもしれない。かなりリスクがあった。ここをなんとか切り抜けられて良かった。何事も飛び込んでやってみれば、何とでもなるのだなぁと思った。自信がついて、明日のスカウトの仕事も成果が出せそうだ。

この当時、スカウトマンをしていて、昼からスカウトの声かけ、夜はナンパかナンパした相手とのアポに行くという生活を送っていた。

とにかく、僕は今、女性とセックスがしたいから、こんなことをしているというよりも、コミュニケーション能力を向上させて、カウンセラーとして自分を磨くのだという立場を忘れてはいけない。と、自分を深夜5時に律している。

こういうことをやっていると、自分が相手を洗脳しているかのような気持ちになるが、それは自分を律して留めないといけない。常に相手の意図を汲み取ること、そのために観察を怠らないこと。そうすることで初めて上手く出来ると僕は思っている。だから、自分に変に自信をもってしまうと、ガタガタと崩れるように、能力が消えていってしまって、何かに蝕まれてしまう。コミュニケーションそのものに焦点を当てて、自分を磨こうとするのは毒を食らうことに似ていると思う。この毒で自分をダメにするか、毒で飛躍的に自分の力を伸ばすか、良い意味でも悪い意味でも、いつでも恐ろしい変化が訪れる。 そのスリルがたまらなくもある。だから、常に自分を律していないと。

ナンパして上手くいって調子に乗ってしまうことがよくあった。調子に乗ると、上手くいかなかったときにすぐに折れてしまう。だから、調子に乗らず、淡々と繰り返していくことを自分に義務づけていた。そして、自分が気が狂っている、或いは他人から気が狂っていると見られるだろうということは仕方ないと思っていた。そんなことよりも技術を身につけたいという気持ちが勝っていた。

そもそも、なんで僕は今こんなことをしているのか…。以前、僕はカウンセラーとして、有名な先生に育ててもらっていた。しかし、その会社の中でいくつかのことに不満を持ってしまい、上手くいかなくなってしまった。次第に会社への不満が僕の仕事に表れてきてしまい、最終的には全くそこで働く気が失せてしまうようになった。その過程の中で、会社や先生に対する恨みが芽生えて、その上、そうなってしまったことに対して自己嫌悪に陥ってしまった。
カウンセラーなんてもうどうでもいい…という気持ちもあったけれど、矢張り好きで始めた仕事だったので諦めきれず、悔しさも募って、自分の能力を劇的に伸ばせる仕事としてキャバクラのスカウトを選んだ。今思うと自分の目論見は当たっていたのかもしれない。スカウトの仕事は自分の力を飛躍的に高めてくれたと思う。会社で上手くいかなかった悔しさ、彼らを見返したいという気持ちが自分を能力に対して狂ったように貪欲にさせた気がする。

負けず嫌いだなと思う。上手くカウンセラーになれなかったことへの恨みをナンパやスカウトにぶつけていた。だから、気が狂ったようにナンパが出来ていたのだと思う。この頃に望んでいたものは手に入ったから、今はもう出来ない。地蔵になってしまう人などを見ていると、多分ナンパをする意味を見出していないのだろうなと思う。それを見出していたら、なりふり構わず声なんていくらでもかけられる。
気が狂った行為だから無理矢理やる必要なんてない。でも、必要だと感じたのなら、気が狂っていると思われてでも望みが叶うまでやり続ければいいと思う。