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ナンパ師同士で話す、ナンパと女性について/ 『みゆきなんのゆるバカトークwithナンパ師 vol.3 女』

カリスマナンパ師が書いたナンパが上手くなる本『即系物件』/ナンパされる女の子、そして、ナンパ師の生態

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以前、たまたま知り合ったその辺のOLに「ナンパって何ですか?」と聞かれたときに、「悲しいことですね。」と答えたら、怒りと嘲りをまじえて笑いながら「何言ってんの?」と言われた。

ナンパ師である僕を、彼女のことを捨てた男たちに重ね合わせたのだろうか。何か彼女の恨みのようなものを感じた。自分は好き勝手に女と遊んでおいて、「悲しいことですね。」はないだろう、馬鹿にしてるのかと思ったのかもしれない。

僕はどんな女の子とのエピソードを思い出しても、悲しさを伴わないものはない。女の子と接していると、行き詰った人間の閉塞感を感じる。そして、そのとき、僕自身もなんらかの閉塞感を感じていた。でなければナンパなんてやってない。

ずっと気になっていた本を友人に貸してもらった。
ナンパ塾も開いていたカリスマナンパ師が書いた本。
因みに、このナンパ師は逮捕されている。

ナンパのノウハウ本はいくつか読んだことがある。その中には数万円もする情報商材もある。全て、あまり参考になるものではなかった。上手くなりたいなら、とにかく声をかけることだ。そして、自分の振る舞いが相手にどんな印象を与えるのかを知ること。そして、ターゲットとなる女の子の生態を知ること。ナンパのノウハウ本なんて読んだって意味はない。

この『即系物件』はすぐにセックスをする女の子について書かれている。そういう女の子の生態を把握するのには非常に良い本だと思う。また、ナンパに明け暮れる人間がどういう人間なのかを知るのにもいい。アマゾンのレビューなどでは胡散臭いという評価もあるけれども、この本に登場するのは、僕も会ったことがあるような女の子たちだ。こんな子たちは実際にたくさんいる。ナンパをしたことがない人には信じられないような存在なのかもしれない。僕は未成年は相手にしないけれども、何人もそういう子に会ってきた。家のない女の子、風俗嬢、キャバ嬢から、金持ちの女の子、社会的地位のある女性まで。

この本を読んでいて涙が出そうになった。それは冒頭に書いた、ナンパ師の悲しさが表れていたから。

よく「いい女を抱きたい!」と無邪気に頑張っているナンパ師がいる。僕はそういう人たちは未だ自分自身のことを理解していないのだなと思っている。彼らからしたらそんなことは言われたくないかもしれない。だけど、ナンパはそんなに明るいものではないのだ。それをこの本は表現している。

ナンパ師には悲しさがある。病んだ女の子と過ごす一夜。自分も相手と呼応するように歪んでいく。或いは、歪みに気づかされてしまう。それで歪まないのは、気づかないのは、そのナンパ師が鈍感だからか、他人を感じる感覚を閉ざしているからだろう。

ナンパは「いい女を抱いて、もっと幸せになりたい!」などというような無邪気なものではない。なぜだか、女の子を求めてしまうのだ。女の子を見て、彼女たちとセックスをすれば、或いはセックスをする程度にまで心を許してもらえれば、心が少し埋まるような気がする。だけど、実際に接したあとは自分にもっと大きな穴があいていることに気づく。

ナンパの講習会

著者はナンパの講習会を開いていた。彼の流れを汲むようなナンパの講習会は今でも行われている。講師が一緒になってナンパをする。そして、講師の強引なやり方によって、女の子と一緒にカラオケボックスなどに行って、レイプまがいのセックスをする。
参加者は毎日のナンパとセックスの記録を書いた主催者のブログを読んで、自分もそんなことをしたいと思って申込みをするのだろう。

実際のところ、「誰でもその辺を歩いている女の子とセックス出来るようになる」と言えば間違いではない。すぐにセックスをする女の子はいる。それなりの自信をもって声をかければいいだけだ。特に何か、複雑なやり方を習う必要はないだろう。
もちろん、声をかけたときに反応してもらい易くなるためのコツはある。それは単純に、ナンパのノウハウというよりも、コミュニケーションのノウハウだろう。
でも、そんなノウハウを使わずとも、即系の女の子は反応する。

ナンパ師

延々と病んだ女の子とのエピソードが続くので、読んでいると疲れてしまった。自分の体験と凄く重なるから辛い。ここで主人公であるナンパ師の成長が描かれていたら救いなんだけど、この本の中でのナンパ師は淡々とナンパ師というスタンスから変化しない。

それがまた辛い。本は『即系物件』ってタイトルだけど、それは登場してくる女の子ではなくて、カリスマナンパ師本人のことだろう。結局のところ、彼は誰とでもセックスするのだ。

僕もそうだった。
「別に可愛くないけど、セックスしたそうだからやっておくか。」
そう思ってしたことは何度もある。
そして、セックスした後は、その子の話を聞く。彼女と別れた後はもうぐったりとしている。
そんなに魅力のない女の子とセックスして、そんなに魅力のない女の子の愚痴っぽい話を聞く。まさに僕は彼女の慰みものであって、都合の良い話を聞く人でしかない。

彼女たちには感謝されることもある。僕はアドバイスはしない。ただ、うんうんと話を聞くだけ。涙を流して、あなたに会えて良かったと言われたこともたくさんある。

でも、はっきり言って、僕は涙を流した彼女に会えなくても良かった。カウンセリングの修行にと、僕はナンパを始めたところもある。修行にはなった。だけど、こんなものはカウンセリングではない。彼女たちに都合よく使われているだけだ。実際、話を聞いたところで彼女たちの人生はそんなに変わらなかった。否定せずにうんうんと肯定的に聞いてくれる人を求めているだけなのだから。

この本の著者もそうして話を聞いている。ときどき自分の感情をあらわにして怒ったりもするけど、それは相手のためを思ってそうなったというよりも、我慢できなくなって本音をぽろっと言ってしまった感じがある。

ナンパ師の技術、解放トーク

彼の得意技に解放トークというのがある。
心を解放させるトーク。例えば、家出少女に家出の理由をどんどん突っ込んでいったりする。普通の人なら相手に嫌われるかもしれないと思って避けるようなことをするという感じ。それなりに腕のいいナンパ師なら誰でもやるだろう。たくさんの人間にふられる覚悟でやってきた人間だからこそ出来ることだろう。

でも、下手なカウンセラーには出来ない。僕は色々なナンパ師、色々なカウンセラーに会ってきた。ナンパ師の方がカウンセラーよりも優れていると思うのはこの点だ。色々な人間を実験台にしてきた。悪く言えばそうだ。だけど、良く言えば、色々な人間と嫌われるのを覚悟で接して来たとも言える。

僕の出会ったカウンセラーは、嫌われるのを覚悟で相手に突っ込むことは出来ない人が多かった。自分の心を開かずに会話出来る無駄なオウム返しを多用する人が多い。そして、肝心なことには突っ込めないことが多い。

ナンパ師は突っ込む。それはきっと、成果を上げる、セックスをするという自分の欲で動いているからだろう。だから、失敗覚悟で突っ込むことが出来る。

もちろん、腕のあるカウンセラーなら、必要ならば、嫌われるのを覚悟で突っ込むことも出来るだろう。

解放トークはテクニックだけど、結局はそれは使い手のメンタリティに根ざしている。どこまで相手に入り込む覚悟があるか。そして、入り込む意味が自分にとってあるのかどうか。

でも、カウンセリングとは違う

ナンパ師の中を様々な女の子が通っていく。ナンパ師はそれをどうするわけでもなく、ただ眺め続けるだけだ。ナンパ師は対象となる女の子の変化を起こすことが目的ではない。それなのに、カリスマナンパ師はナンパした女の子の話を聞いて、自らをセックスカウンセラーと名乗っていた。僕はそれは違うと思う。ナンパはナンパ。カウンセリングはカウンセリングだ。これはこの本をうまく成立させるために、無理矢理作った流れなのかもしれない。そこにこの本の中の嘘を感じた。

僕もナンパした女の子の相談事を聞くことが多いけど、それはカウンセリングではないし、カウンセリングではない場で極力人の相談事は聞かないようにしている。様々な他人に侵蝕されて、自分が狂ってしまう。そんなところに自分の役割を見出さない方がいい。著者のナンパ師はそのまま壊れていってしまったのだろうか。逮捕された後、どうしているのか気になる。

ナンパが上手くなるための本

これは読むだけで確実にナンパが上手くなる本だと思う。ナンパが上手くなるために必要なことって何だろうと考えた時、それは自然体であることと、自分の中に相手を受け容れる覚悟があること、そして、それをしたいと思うくらいに自分自身も病んでいることだと思う。
カリスマナンパ師は病んでいる。そして、ある程度自分自身について思いを巡らすこともあるようだった。それはそうだろう。他人にナンパを教えていたら、同じようにナンパをしている自分自身の姿を客観視せざるを得ない。そうして、客観視する中で自分って何だろうって考え続けていたのではないかと思う。
そのカリスマナンパ師が経験したこと、思ったことが書いてある。ナンパが上手くなりたい人はそれに心を委ねてみて欲しい。そうすれば、ナンパってこんな感覚なんだということが分かると思う。それがナンパが上手くなるための近道にもなる。

彼のナンパの仕方を本で読んでいると、要求を表面的に受け容れることへの抵抗感のなさを感じる。女の子がセックスしたいと言ってくれば、別にタイプでなくてもすぐにセックスする。そして、ネットを通じてナンパをして下さいという人妻の依頼があれば、人妻のナンパごっこにも付き合う。

だけど、金持ちの女の子に「あなたは私といれば幸せなのよ。」と養ってくれるというようなことを言われても、それには応じない。自分は自分。相手は相手。だけど、その場、あなたの要求を受け容れることはしますよというスタンス。

色々な人を知って、要求を受け容れて…と繰り返していけば、ナンパは自ずと上手くなる。それをいつまで続けるのかはその人の勝手だけど。彼は最後に、ナンパを通じて人を愛するということを書いているが、僕にはナンパは人を愛することだとは思えない。ただ、自分を知るために、延々と他人を必要とした、それだけではないかと思う。

一人の人間として、どういう生き方をしようか、他人とどう関わっていこうか、考えさせられる本だった。

サリバン先生、服従することとイメージの流れを受け容れてもらうこと

最近ずっと『失われた時を求めて』を読んでいる。小説ってなんだろうと思う。意味はないように思う。だけど、その文章の流れに従うことで得られる快感というものがある。特にプルーストはそう。僕は何度も読んでいるし、「この後のどうなるんだろう」なんてドキドキすることはない。

その人の思考の流れ、イメージの流れに従ってみる。最近、ブログを更新していて、結局のところ出来ることはその思考の流れを作って、その流れに乗ってみたいと思う人に乗ってもらうことでしかないと思っている。

そのためには、僕自身が自分の思考の流れ、イメージの流れを捉えることが出来るようにならないといけない。

「ヘレン・ケラーが私に服従することを学ぶまでは、言語やその他のことを教えようとしても無駄なことが、私にははっきりわかりました。」というサリバン先生の言葉がある。この前、催眠の先生に教えて貰った。確かに、何かを学んでもらう時には服従というものが必要なのかなと思う。

服従というと言葉がきついけど、僕のイメージの流れを一先ず受け容れてもらうこと。受け容れてもらってから、取捨選択してもらえばいい。催眠療法をさせてもらって、劇的な効果を生むことが出来ることがある。それはクライアントの人が、そういう服従をしてくれたとき。

しかし、それには、服従してもらえるように、僕自身が安心してもらえるような接し方が出来ないといけない。そして、受け取ってもらうイメージが意味のあるものであるように僕自身が自分の中を流れるイメージをはっきりと捉えていなければいけない。

時々、友人と街の中で、人の流れを見ながらぼーっとしていることがある。友人は僕の話すことを聞いてくれる。僕がナンパをするとき、スカウトをするときの心の中のイメージを伝えていって、それを感じてもらう。そうすると、僕の感覚を感じてもらえる。こういうことが催眠誘導だと思っている。

そうして、催眠誘導をさせてもらうことの方がキャッチーなノウハウを伝えることよりも意味がある。ノウハウは結局、手にしたときは満足できるけど、実際には使えない。まず心理状態があって、それによってノウハウが成立するものだから。

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ヘレン・ケラーはどう教育されたか―サリバン先生の記録

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ナンパの断り方を考える

ナンパ野郎が近寄ってきたとき「華麗に断る方法」3つ

こういう記事があった。

相手が一目ぼれ必至の超イケメンならば問題ありませんが、たいていはナンパをしなければ女性と接する機会が持てない可哀想なレベルの人たち。

「はい、すいません。」という感じだけど、女性の側から、どうやって断れば効果的かということを考えてみたい。

ナンパを断る方法としては、相手にしないことが一番だと思う。
わざわざ怒っても仕方がない。いきなり話しかけてきた知らない人間によって不機嫌になることも勿体ない。渋谷の女の子たちはそれが上手いなと思う。たくさんのスカウトやナンパしている人がいる中、すすっと歩いていく。元々相手にする気がないという感じ。

ナンパ師は延々と声をかけている。そのうちの一人として声をかけられたのだから、さらっと流せば彼はまた次に行くだろう。

ナンパは孤独な作業でもある。そこで少しの優しさを見せてしまったら、ナンパ師は喜んで話してしまう。彼が雑踏の中、誰にも相手にされず、一人で孤独に知らない人に声をかけ続けているということを思ってみる。そう思うと、毅然とした態度で無視すれば、自信をなくしてどこかに行くというのも分かると思う。

あと、女性はこういうことも覚えておいてもらいたい。

下手なナンパ師は勢いで行こうとする。そして、無暗にナンパする。
上手いナンパ師になると切り捨てが上手い。そして、選んでナンパする。

だから、上手いナンパ師はそういう他人に話しかけられたくなさそうな女性には声をかけない。
かけたとしても、脈が無いと判断したら、さっと引く。

きっと記事の中で迷惑そうにかかれているのは、下手なナンパ師のパターンなのだろう。
実際、強引にいったところでナンパはなかなか上手くいかない。

でも、書いていて思う。
人間が他人と知り合うってどういうことだろう。
ナンパは社会的に悪い行為だろうか。
確かに、可愛ければ誰でもいいという感じで数をかけ続けているナンパ師もいるけれども、偶然あなたのことを見て、どうしても話したいと思って話しかけてきたのかも知れない。そういう人と話してみるのも面白いことだとは思う。

実際、僕が声をかけていて、無視する人は自信のなさそうな人が多い。
話しかけられて、相手を見る前に、ナンパ野郎にはひっかからないと思っているような感じ。

自分に自信がありそうな人は「なんですか?」といきなり話しかけてきた僕に対してオープンな態度をとる。それから僕の話を聞いて、つまらなさそうだと思ったら断るし、面白そうだと思ったら話を続けてくれる。彼女たちとしてはこういう気持ちなのだろう。「さぁあなたの腕前を見せてごらん。」

女性の立場になってみても、無視するのは後味が悪いと思う。無視した後に「あー、むかつくな」と思ってしまうかもしれない。
でも、ちょこっと話してみて、「この人とは話す価値が無いな」と思ったら、普通に断ればいいのかなと思う。そっちの方がきちんとコミュニケーションとして完結しているから、後には残らない。
無視すると完結しないため、後で思い返して苛々してしまう。

特に結論はないけど終わり。

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2/5(日)催眠術のワークショップをします。

2月5日(日)18時より、催眠術のワークショップをやらせて頂きます。

『ラポールと身体知』でお伝えするミラーリングの技術を使った上で、いかに相手の意識をコントロールするか、催眠術を習得してもらいながら、そのコントロールの感覚を体得して頂きます。

どこか、スポーツを覚えるような感じです。
身体の感覚と、相手を感じ取る感覚を磨きながら、自分がどんな風に他人に印象を与えるのかを感じて頂けます。

催眠術をかける過程で使われる細かい心理テクニックを身につけて頂きながら、相手への伝えるタイミング、口調や声のトーンなどの伝え方など、日常でも使える繊細なコミュニケーション技術を身につけて頂けます。

こちらに参加者の方に事前に読んで頂いているテキストがあります。
催眠術の簡単な仕組みや、僕の催眠術を学ぶことについての考えなどを書かせて頂いています。
ご興味ある方はご覧下さい。
『催眠術ワークショップ』参加される方へ / 催眠術を学ぶことについて

★受講された方たちの感想
相手を瞬間的に感じ取る感性を磨くことが出来ました。

自分のからだの感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのがわかって、すごく面白かったです。
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★講座の詳細

[日時]
2月5日(日)17時半開場、18時から21時半まで

[場所]
赤坂見附駅付近

[参加費]
8000円

[定員]
8名

[お申込み方法]
僕のツイッターのアカウントか、la.flambee@gmail.comまでご連絡下さい。