月別アーカイブ: 2011年5月

システムとしての人間、システムを超えたものとしての人間

催眠術もナンパも結局は人間をある種のシステムとして理解しようとするものに過ぎない。

ナンパを繰り返していると、こうすれば上手くいくというパターンが幾つも出来てくる。
催眠術も繰り返していると、こうすれば人はこうなるものだというスイッチが見えてくる。

そういうシステムを理解することはとても大事だと思う。システムを理解して、そのシステムを思いのままに動かせる人間だけが、システムを超えた人間の一部分を垣間見ることが出来るような気がしている。

他人のことを馬鹿にするなら、徹底的にシステムとしての他人を理解すればいいと思う。それを理解したときに、馬鹿にした他人の人間としての部分が見えてくる。

そう考えるとナンパも捨てたものではない。ナンパをして女の子をモノ扱いしているナンパ師だって、いつかはモノ以上の人間としての部分を女性に見出すかもしれない。

ただし、モノ以上ではない女性は多い。
今日も新宿駅で男に贋物だか本物だか怪しいバレンシアガのバッグを持たせて、胸を露出狂的に開けて、安っぽい服を着て、とろんとした視線をわざとらしく作りながら男を見ている女を見た。
奴はモノでしかない。モノとして異性を扱う限りはモノでしかない。でも、いつかそういう人が突き詰めていけばモノ以上の人間の価値を感じると思う。

なぜなら、モノとしての人間に飽きてしまうから。
飽きるまで、モノとして、単なるシステムとして人間を見たらいいと思う。
僕もそうしてきたし、そうしていこうと思う。

そうすれば、その先の人間というものが見える気がする。

システムを、モノとしての人間を否定する人ほど、人をモノとして見ていたり、或いは、真剣に見ていないような気がする。

だから、大体、催眠を理解もしていないのに、文句を言うのは間違っている。
ちゃんとモノとして、システムとして人間を理解してから、文句を言うべきだ。

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カウンセラー

カウンセリングをやりたいと思って、クライアントを無料で体験して下さる方をツイッターで募集させてもらった。

そして今日、初めてカウンセリングをした。
有難いことに満足して下さった。

自分にとってカウンセリングとは何かということについて色々考えてきた。
自分を掘り下げていくこと。そして、自分自身で自分の問題を解決する力をつけてもらうことだと思う。

問題を解決してもらったら、そういう心の柔らかさをいつでも自分自身で持てるようにしてもらう。
それが僕が催眠を使える利点だと思う。

何度も僕のもとに通ってもらう必要はない。
一度身につけたら、そうなんだと思って自分の力で色々な問題を解決していく楽しさを味わってもらいたい。
僕も今まで、そうやって自分の問題を解決したり、新たな能力を身につけたりしてきた。

人間は自分のことを考えるときはどうしても主観的になってしまう。
また悩んで、一人で解決できなくなったらそのときにはまた来てもらったらいい。

そういう自己解決能力を身につけてもらえるようなカウンセリングをしたい。
結局答えは悩んでいる本人が持っているのだから、僕はそれを見つけるためのお手伝いを力の限りにするしかない。

ナンパと催眠術を教えている、風俗キャバクラのスカウトマンをやっているカウンセラーというのは変かもしれないけど、学びたいと思うことを学んできたら、こういうところに辿り着いた。

僕はもともとパニック障害だった。
色々なカウンセリングを受けても治らず、たらい回しにされていた。
最後に受けたカウンセリングで僕は治った。
そのカウンセラーに憧れて、同じことを出来るようになりたいと思って色々なことをやってきた。
今日はそのカウンセラーにしてもらった通りのやり方で、カウンセリングをさせて頂いた。

まだ始まったばかりだけど、自分の夢を叶えるというのはこういうことなのか、とカウンセリングを終えて、一人帰りながら思っていた。
六年かかった。

自分がやってきたこと、特にナンパ、スカウトはカウンセリングのトレーニングだと一応思っていた。
それらは自分の欲望も叶えてもくれた。
振り返ってみると、これは本当にいいトレーニングだったと思う。

ナンパやスカウトをしている人は下らない人だと思っている人がいるかもしれない。
僕はこれらはシビアな、正直な人間関係というものを見せてくれるから面白いと思っている。

ナンパなら、女の子にとって魅力がなければ相手にされないし、簡単に切られる。
スカウトなら、人当たりが悪ければ相手にされない。

全てのコミュニケーションに通じることだと思うから、僕はやっていて良かったと思っている。

 

身体技能としての声かけ、或いは他人との適切な距離と位置

ナンパでも、スカウトでも声をかけることは身体技能だと思う。
頭を使うことではない。そして、どんな声をかけたらいいか、ということでもない。

ただ、女の子にとって適切な距離、適切な位置に立つことが大事。
何を言うか、どんな声を出すかはその次の話。

ナンパに拒絶感がない相手であれば、適切な距離、位置に立っただけで「なんですか?」と話を聞いてくれる。

こういう細かいことを着実に行うことが大事だと思う。

さて、適切な距離、位置だけど、人間は自分の目の前にバリアがある。
このバリアの中に立たれると抵抗、威圧を感じる。

同じ距離であったとしても、そのバリアの外に立たれれば抵抗、威圧を感じない。
その代わり、真後ろに立てばいいと言うのではない。
真後ろというのは人間にとって、バリアがない上に見えない場所であるから、そこからいきなり声をかけられることは恐怖になってしまう。

それらを考慮すれば、斜め前方が適切な位置であると言える。

これは通常の人間関係でも同じことが言える。

本人が自分は人間関係が得意だと思っていたとしても、下手な人間はこのバリアを理解していない。
上手な人間は斜め前、そして適度に遠くもなく、近くもないところにすっと自然に立っている。

おそらく、人間は緊張するとその相手に対面して立ってしまうのであろう。
それをやってしまうと、相手も緊張させてしまうという事実を知っているだけでも適切な距離、位置をとるきっかけになると思う。

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[]5/8のナンパ講座について

リクエストを頂いたので、講座のことを書こうかと思っていたんだけど、何を書いていいか分からない。

一先ず、自分の複数の人たちに向けての話し方というのも安定してきた気がする。
それはスカウトのときに女の子に声をかけるのに似ている。
歩いている人たちの中からこれだと思う人を拾い出すときのような。

目の前の人たちをぼんやりと見ながら街の雰囲気を感じるように、話をしながら聞いてくれている人たちの雰囲気を感じている。

そして、話をしながら、自分の心の中に思い浮かんできたものを拾い続けている。
これはナンパと同じ。
女の子と話しながら、思ったことをスラスラと心の中から取り出し続けている。
それによって滑らかな会話が成立する。

結局のところ、僕の複数の人への話し方はスカウトとナンパのやり方そのものになっている。
僕の話し方を見て、きっとどんなナンパをしているのか、スカウトをしているのか、見ている人たちは感じてくれていたような気がする。

あとは、催眠術をやった。
大勢の前で催眠をショーのようにするのは初めてだった。
別にやれば出来るとは思っていたけど、恥ずかしくて出来なかった。
自信を持ってやるために、数日前から色々な人に催眠をかけ続けていた。
もうそれなりにかけられるからいいかと思っていたものが、人前に見せるものとして捉えたときに色々考える余地が出来た。

催眠術、という変なものに見えないこと。
日常的な会話の仕方に近い形でかけていくこと。
魔術的に見せるよりも、より日常的に見せた方がより魔術的だと僕は思っている。
それを目指したかった。

これも一先ず、成功としていいのではないかと思う。

もしまた同じように講座を行うとしたら、どうしようかと考えている。
参加して下さる方たちは真面目そうなカウンセラーとか、そういう人にコミュニケーションの話を聞くよりも、ちょっと変わった人に聞いた方が面白そうだと思ってくれているのだろうか。

結局、コミュニケーションは自分を深く見つめている人が長けているものだと思う。
逆に言えば、自分を見つめるために他人と話しているに過ぎない。

そういう観点で話し方というものを捉えることになるような気がする。

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講座満員のお礼と日本一のエロ短歌女優 川上史津子さんの『処女歌集 恋する肉体』

5/8の講座ですが、おかげさまで満席になりました。
ツイッターでRTして頂いたり、直接ご友人にこの講座を紹介して頂いたりして、なんかそういうことをして頂いたということが本当に嬉しいです。ありがとうございます。

それを書きたかっただけなのですが、それだけではなんかおかしいので以下は日記みたいな感じで。

今日、同じスカウトマンでありナンパもしている友人と講座の話をしていた。
ナンパしたり、ナンパを人に教えたりする人は世の中にたくさんいると思うので、何か自分なりのやり方をしたいと思っているということを話した。

過去落とした女性通算○人、最高一ヶ月で○人斬り、キャバクラ、風俗のスカウトマンを経験し、催眠術、カウンセリング技術を身につけたカリスマナンパ師が教える…女性へのアプローチの仕方、会話、キス、ホテルに誘うまでの導入テクニックを…

みたいな宣伝文句のものは僕はあまりやりたくはない。
色んな女の子とセックスをすること…そんなものを目的とした人生に魅力を僕自身が感じていない。

興味を持った人と仲良くなって、もしお互いの相性が良ければ、いいセックスが出来るだけの関係性を築けるコミュニケーションのやり方を僕は伝えられたらと思う。

「あまり綺麗ではないけど、スタイルはいい女とセックスした。フェラが上手かった。」
というような、人を性処理の道具にするようなことを良いとは思っていない。

もちろん、何度もそういうことをしたことはあるけど、虚しい、自己嫌悪が残るだけだった。
嬉しいのは、自分が好きだと思った人に自分のことを伝えた上で好きになってもらうことだと思う。

相手のことを受け容れて、自分のこともきちんと伝えて、お互いに魅力を感じ合う、そういうことのやり方が伝えられたらと思っている。

なんか堅苦しくなってきたけど…

今日は新宿のカフェ ルタンにて、舞台女優の川上史津子さんによるエロ短歌の朗読会に行ってきた。
川上さん作のエロい短歌の朗読なんだけど、男性の心にぐさりと刺さる女性の本音が詠まれていて、とても勉強になった。

もともとは彼女が眠れぬ夜にピンクローターでオナニーをしながら寝ていたらしいのだけど、そのときに自分の気持ちを鎮めるために詠んでいたものらしい…確かそういうことを仰っていた。

すごく良かったのでオススメです。
女性の書いた詩といえば、ローランサンやヴァルモオル夫人を思い出すけど、やはり異性である僕にとってとても勉強になる。
なんとなく、自分が関わってきた女性たちがあのとき、こんなことを思っていたのかな…と振り返ったりして。
こんなことに耽るのでは、もう僕は完全なおっさんなのかもしれないけど…。

いくつかネットに歌があったので引用させて頂きます。

忘恩の一角獣よ愛(こころ)あらばわれを犯せよ処女(をとめ)の我を

目を閉じて舌を絡めてふと気付くあなたの顔が思い出せない

みたらい御手洗は洩れなく鍵なし一晩を買いし我らに秘するところなし

肉の芽にひと独り性具を押し当てて果つる”強制終了”の夜

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